モータースポーツ

あなたの愛車のメーカーも走ってた!?F1に挑んだ国産メーカー!!

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F1を見ていると、フェラーリ・マクラーレン・ルノーなどの海外メーカーの車のエントリーが多く日本の自動車メーカーの名前はあまり聞きませんよね。

 

初めてF1を見る方にはF1は日本にあまり関係ないレースのように思えるかもしれません。

しかし、過去にはF1には多くの日本メーカーが参戦しています。

 

F1に挑戦した日本のメーカーをご紹介します!

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ヒヨコちゃん
ヒヨコちゃん
HONDAしか知りませんでした
パンダ先生
パンダ先生
実は他のメーカーも戦ってたんだ
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日本のF1といえば外せない!HONDAの挑戦!

ホンダF1 – WikiPedia』より

 

日本メーカーのF1を語る上で絶対に外せないのがホンダです。

1964年から4期に分けてF1に参戦し続ける古参メーカーです。

第1期は1964年、まだF1がちくわ型や葉巻型と呼ばれた時代。

すでに当時のホンダはバイク部門がマン島TTを制しモータースポーツの世界に名を馳せていましたが、自動車のモータースポーツでは無名のチーム

しかし1968年の撤退までに優勝を獲得。伝説の始まりとなりました。

 

第2期は1983年から1992年。

ホンダは名門チームとタッグを組みエンジンを供給し「ウィリアムズ・ホンダ」や「マクラーレン・ホンダ」としてF1へ参戦。

この頃のF1は日本でのテレビ中継が始まり大ブーム!

そして有名なドライバーがいくつも名を連ねたなかで伝説のドライバーとされたアイルトン・セナをドライバーに迎えたホンダは圧倒的な強さを見せ、F1はホンダじゃないと勝てない!とまで言わせた程で5年間で69勝を上げました。

 

第3期は2000年から2008年。

当初はチームBARやジョーダンにエンジンを供給し「BARホンダ」「ジョーダンホンダ」とてレースにエントリー。

 

2006年からは車体も開発し「ホンダチーム」として参戦。

現在アメリカで活躍する佐藤琢磨選手をドライバーに迎え、日本人ドライバーでF1に挑戦し話題になりました。

 

そして第4期は2015年~現在。

以前と同じく名門レーシングチームとタッグを組みエンジンを供給するメーカーとして参戦を開始しました。

当初は第2期プロジェクトでタッグを組み最強の組み合わせと言われたマクラーレンチームに供給し、マクラーレンホンダ復活として話題になりました。

2018年からはレッドブルとトロ・ロッソチームに供給を行い、HONDAのF1への挑戦は続いています。

世界のTOYOTAもF1を戦った!

トヨタ・TF105 – WikiPedia』より

 

現在、世界ラリー選手権(WRC)やル・マン24時間耐久で有名な世界耐久選手権(WEC)に参戦メーカーとして参戦するトヨタもF1に挑戦していました。

トヨタの参戦は2002年から2009年。

車体もエンジンも自社製のマシンでの参戦は国内メーカーではホンダに続き2社目。

メインスポンサーにPanasonicを迎え、ホンダ以上に純日本メーカーとしてのイメージを強くしてF1を戦いました。

参戦当初は苦戦を強いられましたが、2008年には日本GPで日本メーカーのマシンが表彰台に上がるという偉業を初めて達成しました。

 

更に日本人ドライバー小林可夢偉選手がステアリングを握って入賞したことも話題になりました。

また、エンジンを他チームに供給も行っており「ウィリアムズ」「ジョーダン」「スパイカー」「ミッドランド」などのチームがトヨタエンジンを採用しマシンに搭載しました。

3.バイクだけでない!YAMAHAもF1に挑戦!

アロウズ・A18 – WikiPedia』より

現在オートバイの世界最高峰レースで名を馳せる「YAMAHA」もF1に挑戦したメーカーです。

え?ヤマハ?と思う方も多いと思います。

日本国内ではオートバイか楽器か位の知名度ですが、実は長く自動車エンジンの開発を行っています。

まず、ヤマハといっても音楽器と発動機と部門があります。

その中でヤマハ発動機部門としてトヨタ製自動車にエンジンを供給していました。

その歴史は1965年の名車「トヨタ2000GT」のエンジンを製造し搭載していたことでも有名です。

近年でも2人乗りオープンスポーツカー「MR-S」のエンジンもヤマハ製でした。

そんなヤマハがF1に挑戦したのは1988年から1997年

レーシングチームにエンジン供給を行うメーカーとして参戦しました。

8年間の間に様々なチームとタッグを組み「ブラバム・ヤマハ」「ジョーダン・ヤマハ」「ティレル・ヤマハ」「アロウズ・ヤマハ」としてレースに参戦。

1997年には最後の最後までトップを走り、あと少しのところでトラブルによりスローダウン。それでも2位表彰台を獲得する活躍を見せました。

また、F1の1つ下のクラスであるF3000クラスのマシンにもエンジン供給を行い好成績を残しました。

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4.幻のF1開発!ラリーの名門スバルのF1挑戦とは?

1980年代から世界ラリー選手権などにレオーネ・レガシィ・インプレッサなどを投入し、先進の4WDシステムで世界中を席巻したスバル。

メーカーでの参戦撤退後も国内ラリーや海外のラリーシーンではインプレッサや後継車WRX-STIの活躍は止まるところを知らないほど、ラリーと言えばスバル!なイメージですが、実はF1に挑戦もしていました。

しかし、その挑戦は前途多難でした。スバルがF1に参戦したのは1990年に1年のみ

スバルの市販車と同じ、水平対向エンジンと呼ばれる他のエンジンとは仕組みの異なるエンジンのF1仕様を開発。コローニというチームのマシンに搭載され参戦しました。

しかし、当時のF1はバブル真っ盛りで多数のチームが参戦し、現在と違い予選落ちというシステムがありました。なみいるライバルマシンに勝つことが出来ず予選落ちが続き、とうとうチームはフォード製エンジンへの換装を決定。

スバル製エンジンは決勝レースを1度も走ることなく姿を消し、幻のエンジンとなってしまいました。

しかし、その技術と経験は1990年後半に様々なラリーで連戦連勝を誇り世界最強のラリーカーと呼ばれたインプレッサの戦いを支え続けました。

まとめ

意外にもホンダ・トヨタ・ヤマハ・スバルと身近に聞くメーカーがF1に参戦しているのです。

また、自動車メーカーだけでなく自動車部品メーカーや無線などの電子機器メーカーも多数スポンサーとしてF1に部品供給しています。

レースを見る際にマシンのスポンサーステッカーをよーく見て、どんな日本企業がF1を戦っているのかを見てみませんか?

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ヒヨコちゃん
ヒヨコちゃん
身近なメーカーもF1に参戦していたのですね
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